人生は願望

ありふれた無職の日常

喪女のわたしの恋愛遍歴ー小・中学編

 

彼氏という存在が欲しくてたまらなかった。

 

春には公園で手をつないでお花見デートをしてみたかったし、夏にはきれいな浴衣を着て彼氏と花火大会に行きたかったし、秋には家で映画をみまくるおうちデートをしてみたかったし、冬は有給をとって雪国へ行って個室露天風呂付きの宿に泊まって彼氏と雪見温泉をしてみたかった。

 

ただ上記で挙げた理想を実現するにはわたしはあまりにもオタクだったのだ。

 

小5で当時の友人に勧められた鋼の錬金術師にドはまりし、ロイ・マスタング大佐にガチ恋をしていた。当時好きだったクラスメイトの男の子を陰で「伍長」と呼んでは胸をときめかせていた(劇場版では大佐はいろいろあって階級が伍長にまで降格していたのだ)。

 

中学に入ってからはBのLの世界にドはまりし、ある作品の2次創作にどっぷりハマり独学でHTMLとCSSを習得し2次創作サイトを立ち上げていた。

両親に誕生日プレゼントにペンタブをねだり、当時大流行していたお絵かき掲示板やお絵かきチャットにのめりこみ、同ジャンルを通して仲良くなった人たちとオフ会であったり、イベントに行ったりと、「課外活動」を満喫していた。

 

学校生活はどうだったかというと、BLが好きな友人はいなかったものの、東方(弾幕ゲー)にハマっている友人とつるんでいて学校が早帰りだった日には一緒に秋葉原に行ったり、カラオケで当時のニコニコ動画で流行っていた歌を6時間熱唱したり(IOSYSとかJAM Projectとか)、制服の胸ポケットにお気に入りのカップリングのイメージカラーをあしらったヘアピンを刺したりなど、オタク街道を順調に走っていた。

当時はモバゲーなんてものも流行っていて、友人と一緒にvipperのサークルに所属していた。普段はROMったりたまにレスしたりするくらいだったのだが、友人とカラオケに行ったときは「リクエストされた歌を歌います」みたいなスレを立てて遊んでいた。カラオケ配信の走りは我々であるに違いない。そうに違いない。

 

高校生になってオタクの友人と疎遠になってから、わたしの学生生活は少しずつであるがオタク街道から外れるようになる。

でも安心してください。高校に入っても相変わらず喪女からエクソダスできませんでした。

 

続きは次の記事で。